自分はそもそも攻撃性の発露それ自体に不快を覚える気質なので、自分のためになるべく避けたいです。
このような先天的な気質よりも、後天的に内面に受けたダメージが攻撃性を引き起こしているところに、丁度、論争の巻き起こるネット空間のような、攻撃性をコミュニケートできる闘争的な場が与えられると、場に取り込まれてしまう流れがあると思います。特に、極めて内面的な性に纏わる問題を抱える人は、この傾向が強いと思います。2008年ごろだかに、性暴力被害者のブロガーの方が、はてなの揉め事に取り込まれてましたが、個人的には非常に宜しく無いと感じました。
2000年代のネットは匿名と長文が優勢な、論争を呼び起こし易い空間でしたが、2010年代のネットは身内的で情緒的なやりとりを可能とするネットインフラが整ってきてますので、ダメージを抱えてしまった人が論争の渦に取り込まれて、より状態を悪化させるということは減り、むしろ身内的なネット空間に行き着いて、情緒的に癒されるという流れが増えると予想してます。それはとてもいいことだと思います。『はてな』のように堂々巡りの論争は、憎悪を用いた毛繕いのようなものでしょう。受容の欲求が解消されないので、誰からも返答がないよりは、敵意を向けられることで代償的に満足してる虚しいやり取りです。闘争的な人は好きにすれば良いとして、毛繕いなら、なるべく暖かいやりとり、どうしても孤立しがちの人や暖かくなれない人でも、不快感の少ないやり取りに囲まれていたほうが、好ましいでしょうし。