太郎 2010/04/16 10:07
「たぬきち」さんには悪いのですが、「たぬきち」さんの会社の販売って、前社長が促進部を立ち上げるまで何十年にもわたって「思考停止」状態にあったのですよね。そのことをご存知でしょうか。
話は七十年代のK社長体制打破を掲げて始まった争議に遡る。ちなみに四十年前の今日、1970年4月16日に無期限ストライキに突入しています。週刊誌をはじめ、一切の出版活動が停止しました。争議の発端となったK社長を支えていた編集出身の役員K、I、Sに加えて、販売担当であったFの四氏が退社し、S出版社を創業します。この四氏が抜け、更に争議の中心を担ったのが「花の昭和40年入社組」と言われ、将来、会社を背負うことになると目されていた人々だったのです。
争議後の役員陣にロクな連中は残らなかった後遺症がその後もずっと尾を引くことになったのです。ファッション誌を何誌も成功させたじゃないかって。その成功した女性誌の創刊編集長は何人いましたか。前社長のN氏だけだったのです。
争議は6月28日に第一組合から脱落した社員によって第二組合が結成され収束に向かったわけですが、第二組合に走った人たちも第一組合に対して後ろめたさがあったはずです。そうした停滞感が底流では会社を支配し続けたわけです。
例えば販売。30代で販売担当役員に抜擢されたF氏のやり方をその後もずっとずっと踏襲するしか歴代の販売担当役員には能がありませんでした。ようやく舵を切ることになったのは促進部がスタートしてからのことでしょう。
「たぬきち」さんの会社では長い間、変な風習がいくつかありました。社長以下、全役員が毎日毎日社員食堂で昼食をともにするのです。本来、営業担当役員などは書店の大物や取次の役員と昼メシでも食べながらコミュケーションの密度を濃くするといったことのために活用すべき時間だと思うのですが、役員同士であっても相互に監視しあうために、こうした昼食会を続けたとしか思えません。つまり争議の後遺症としか客観的に見れば言いようがありませんよね。
そうそう、ついこの間まで「たぬきち」さんの会社には「管理職」という概念がなかったのですよね。役員以外は全員が労働組合員でした。こんな会社で全うな経営が常識的に考えて成立するはずありませんよね。前社長の時代から漸く「管理職」という概念が成立したのですよね、確か。
このように「たぬきち」さんの会社は他の出版社に比べても異常なことだらけでした。しかし、異常なことに誰もが鈍感でいられたのは「高い給料」があったからなのではないでしょうか。
「たぬきち」さんには悪いのですが、「たぬきち」さんの会社の販売って、前社長が促進部を立ち上げるまで何十年にもわたって「思考停止」状態にあったのですよね。そのことをご存知でしょうか。
話は七十年代のK社長体制打破を掲げて始まった争議に遡る。ちなみに四十年前の今日、1970年4月16日に無期限ストライキに突入しています。週刊誌をはじめ、一切の出版活動が停止しました。争議の発端となったK社長を支えていた編集出身の役員K、I、Sに加えて、販売担当であったFの四氏が退社し、S出版社を創業します。この四氏が抜け、更に争議の中心を担ったのが「花の昭和40年入社組」と言われ、将来、会社を背負うことになると目されていた人々だったのです。
争議後の役員陣にロクな連中は残らなかった後遺症がその後もずっと尾を引くことになったのです。ファッション誌を何誌も成功させたじゃないかって。その成功した女性誌の創刊編集長は何人いましたか。前社長のN氏だけだったのです。
争議は6月28日に第一組合から脱落した社員によって第二組合が結成され収束に向かったわけですが、第二組合に走った人たちも第一組合に対して後ろめたさがあったはずです。そうした停滞感が底流では会社を支配し続けたわけです。
例えば販売。30代で販売担当役員に抜擢されたF氏のやり方をその後もずっとずっと踏襲するしか歴代の販売担当役員には能がありませんでした。ようやく舵を切ることになったのは促進部がスタートしてからのことでしょう。
「たぬきち」さんの会社では長い間、変な風習がいくつかありました。社長以下、全役員が毎日毎日社員食堂で昼食をともにするのです。本来、営業担当役員などは書店の大物や取次の役員と昼メシでも食べながらコミュケーションの密度を濃くするといったことのために活用すべき時間だと思うのですが、役員同士であっても相互に監視しあうために、こうした昼食会を続けたとしか思えません。つまり争議の後遺症としか客観的に見れば言いようがありませんよね。
そうそう、ついこの間まで「たぬきち」さんの会社には「管理職」という概念がなかったのですよね。役員以外は全員が労働組合員でした。こんな会社で全うな経営が常識的に考えて成立するはずありませんよね。前社長の時代から漸く「管理職」という概念が成立したのですよね、確か。
このように「たぬきち」さんの会社は他の出版社に比べても異常なことだらけでした。しかし、異常なことに誰もが鈍感でいられたのは「高い給料」があったからなのではないでしょうか。