■Google先生に伝わらない思いがあってもイイじゃないか
このようにインターネット上では、技術的な限界や技術者の怠慢により、人格や人間関係、思考が劣化されて日々送信されています。
これに加え、ソーシャルネットワークにより加速化されたインターネットの流れの速さが、さらに出力物の品質劣化に拍車をかけているように思います。つまり、リアルタイムなストリーム上で遭遇した記事に対して、即座に何か反応を返さなきゃいけない、ツイートしなきゃいけない、というプレッシャーです。まるでバラエティー番組に出演した若手お笑い芸人が、何か面白いコメントを言わなきゃと焦るように。
例えば訃報記事を目にした時。故人に対する様々な思いが入り混じり言葉として整理がつかない時、ついつい「ご冥福をお祈りします」などの紋切り型のコメントで”とりあえず”ツイートしたり、ブックマークしたりしがちです。
しかし、しっくりとする文章で表現できない思いは、無理やりアウトプットする必要は無いのではないでしょうか。むしろ、非可逆圧縮された言葉で思いを固定化することで、その時抱いたオリジナルの感情までも上書きされてしまうような気さえします。
当たり前の話ですが、ある出来事に対してネット上で反応しないということは、イコールその出来事を知らないという事でも、その出来事に無関心であるという事でもありません。投稿するか否かというデジタルな話ではないのです。言葉に出来ない思いは、時に飲み込んでしまう方が良いのです。