iPadを入手してみて自分の目の届く範囲がよくわかった。
あれはとても自閉的なメディアだ。
具体的に言うと、iPadでネットをブラウズしているとウェブ閲覧の深さが浅くなるのだ。
そもそも検索したり、調べたりするためのページにはあまり行かない。
書き込むためのサイトになんか、絶対に顔を出さない。
あくまでも登録済みの定番の巡回ページを「読む」だけ。
それも寝転がった姿勢で。至極あっさりと。
入力は極力しない。
文字はせいぜい5文字まで。
それ以上は決してタイプしない。
ツイッターどころではない。
うなずくだけ。
レスポンダーといったところだろうか。
メディアであることと自閉的であることは本来逆の位相に属するはずなのだが、iPadは開かれていることで閉じた世界を実現している。
つまり、日々刻々変化している「情報」の活性を落とすことで、それを安定させているのだと思う。
一旦メモリ内に取り込んだ「情報」は、「世界」の側には属さない。書籍と同じく、自分の書斎内のファーニチャーのひとつになる。そういう意味で書斎人が自閉的であるのと同く、iPad閲覧者は、静かに自閉して行く。